南国うまうま日記/バリ島ウブドの生活

南国バリ島のウブドに暮らすもんぶぅのうまうまな毎日を綴った日記です。海外生活豆知識やタイなどの旅行記もあります

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バリの宗教


バリに来て1か月、その前の旅行も含めて、在バリ期間は3〜4か月位になります。まだ、こんな期間の経験であ〜だ、こ〜だ言うのはおこまがしいですが、これまで体験してきた事や、文献などで調べたことを自分なりに解釈して、バリの宗教について今思っていることを話したいと思います。(解釈はあくまで現在の自分の考えなので、間違いも多々あるかと思いますがご容赦ください)


皆さんご存知かと思いますが、バリ島における宗教は大半(90%らしい)がバリ・ヒンドゥー(バリの人はアマガ・ヒンドゥーとか、単にヒンドゥーと言います)です。ヒンドゥーというと、まっ先に思い浮かべるのはインドのヒンドゥー教(昔はバラモン教と言いました。しかし、厳しいカースト制に対する反発などにより仏教が盛大となり、一種の宗教改革のすえ現在はヒンドゥー教となり、インド大半の宗教となりました)です。インドのヒンドゥーというと、体に針を刺したり、火の上を歩いたり、ずっと坐禅を組む修行僧やその広大な宇宙観、輪廻転生、大いなるガンがー(ガンジス川)を思い浮かべます。


が、バリのヒンドゥーは、はっきりいってインドのヒンドゥーとは別物だと思います。
もちろん、輪廻転生の思想やカスト(カースト)、シヴァ神などを始めとする各種神々、バロンダンスやケチャに見られる叙情詩などヒンドゥーの影響を多大に受けています。しかし、日常バリの方が祈り(供物)をささげるのは、スルヨという太陽神であったり、祖先の霊であったり、バリのヒンドゥーの正式な神はサン・ヤン・ウイディ・ワソであったりします。
あまり知られていませんが、仏教の影響も多大に受け、バリでの僧侶にもシヴァ派(インド・ヒンドゥー系)とブッダ派(仏教系)がいます。(ブッダ派といっても直接仏教とは関係ないそうです)たとえば、ゴア・ガジャに行けばヒンドゥーの寺院とブッダの寺院、およびそれぞれに関する彫刻を見ることができます。
このように、バリ・ヒンドゥーはインド・ヒンドゥーや仏教などの影響を多大に受けた、バリ特有の古来から伝わる太陽神・祖先霊を崇める宗教と言えると思います。


では、バリの生活においてバリの人はヒンドゥーにどのように接しているのでしょう。
これは、祈りと供物が大半です。朝起きて、イブがご飯を炊くと、炊きあがりはバナナの葉っぱに乗せ、家の中に何か所もある神棚や家寺に祈りと共に奉げられます。また、面白いのは地下に住むプト・カロと呼ばれる地下に住む神(悪鬼)にも奉げられます。これはプト・カロが地上に出てきて悪さをしないようにするためだそうです。(お酒やコピを飲むとき、その一口目を地面にたらし、プト・カロにささげています)また、昼過ぎにはチャナンと呼ばれる、バナナのハッパと花やお菓子などで作った供物を、同じように各所に祈りと主に捧げます。
その外、210日に一度回ってくる、家寺のお祭り、村や協同組合などのお寺のお祭り、ガルンガン・クニンガンのお祭り、ガベンやカウインの儀式などなど、いろいろな場面で祈りと供物が登場します。
ちなみに、ウブドでよくみられる踊りや音楽も本来は神々にささげられる供物です。(今は観光客にささげるものも多いのですがね)


この様に、ヒンドゥーは住民の生活の中に、儀式と共に祈り・供物という形で深く関わっています。バリにおいて、これら神事は何事にも優先します。たとえば、ウパチャラ(お祭り)の儀式のために道路は容赦なく封鎖・渋滞します。毎年3月に行われるニュピという日は、一切の外出が禁止され(一部で歩いていて、町の自衛団に怒られる人もいますが)、飛行機もすべて運休します。
では、なぜ経済活動や生活を犠牲にしてまで、神事を優先させるのでしょうか?
神事を行って何か有利な事があるのでしょうか?これは、日ごろ神様の存在をないがしろにしている、日本人の感覚であります。
「そんな事をしている暇があれば、仕事しろよ」これが、日本人の抱く感情ではないでしょうか?


神事を行うことにより、なにかいいことがあるのか?
そうではないと思います。神事を行わないことによって何か悪い事が起きる!これが人々の考えでしょう。
日々、無事に生活が送れている、悪い事が起きない、これはすべて神々、祖先霊の賜物であり、これに感謝し今後の平穏無事な生活をお願いすることが、重要な神事である。これが、バリにおけるヒンドゥーの重要な教えと、僕は考えています。


では、バリ人はなぜヒンドゥーを信仰するのか?ほかの宗教じゃあだめなのか?信仰しなくちゃだめなのか?
バリ・ヒンドゥーを信仰する=バリ人である。
これに、尽きると思います。インドネシア共和国では、憲法の一番最初に「唯一神を信仰する宗教をもつこと」とあります。政教分離じゃないんですね。政教一体なんですよ、この国は。そんな中にあって、さらにバリ人の考えは「バリ人=バリ・ヒンドゥーを信仰する」のです。
また、彼らは自分たちの宗教・ヒンドゥーに対し、甚大な誇りがあり、民族としてのアイデンティティーがあります。
外国の人が自分たちの宗教を理解しよう、儀式に参加しようという行動は大変喜ばれます。自分たちの宗教=アイデンティティーに理解と尊敬を払ってくれる人に対しては、大いなる友好心を持ってくれます。
ただし、自分たちの宗教に理解を示さない人の対して、(温和な彼らですから)表面上は何もしませんが内面では「どうせ、異国の人だから」という感情があると思います。


ヒンドゥーが生活に密着し、生活の基盤となっているバリで暮らしていこうとしている自分にとって「バリ・ヒンドゥーに宗派替えする?」というのは簡単にはできないと思います。バリ・ヒンドゥーになるということは、生活も感情もすべてバリ人になることですから。
しかし、大好きなバリで暮らすのですから、ヒンドゥーに対し尊敬を持ち、理解をし、自分の中に取り込もうとする行動はしっかりとっていこうと考えます。
え、ガルンガン?もちろん、お参りにいきますよ。バリの友人の田舎に。え、プルナマ、ティルムのお祈り?もちろん、行きますよ〜


今回のブログを書くにあたり吉田竹也氏著の「バリ宗教ハンドブック」を参考にさせていただきました。

ところで、なんで僕がこんな堅苦しいブログを書くかって?
だって、僕の守護神は「さら・すわってぃー」なんだも〜ん

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